なんで「性教育」ではなく「性と生の話」って言うの?

みなさんは性教育と聞くと、どのようなイメージを持ちますか?


「難しそう」

「エッチなこと」

「はずかしい、気持ち悪い」・・・


いろんなイメージをお持ちかと思います。

実際、プラン・インターナショナルがユース世代である15~19歳に性教育に関するアンケートを行っています。
その中に『これまで受けた性教育にどのような印象を持っていますか?』という質問をしたところ、「重要だ」「役に立つ」というポジティブな意見が多くある一方で、「気持ち悪い」「はずかしい」といったネガティブな意見が全体の3割ほどありました。

また中学生や高校生世代のママやパパも性教育を受けたことがある!という人はかなり少なく、今まで性教育講演をした際に性教育のイメージを聞くと、「難しいし、子どもにどうやって話したらいいかわからない」、「今さらはずかしい」とネガティブなイメージを持たれている方が多いです。

わたし自身も性教育について学ぶ前(学生時代)は性教育について「セックス、妊娠、性感染症について学ぶくらいでしょ~。エロいわ~」と思っていました。

そして、性教育を学び続けている今、感じること。
それはわたしのような助産師や、産婦人科医師といった医療従事者が性やいのちに関する話を「教える、教育する」というどこか上下関係が生まれてしまっているようなイメージがあります。

性教育をハードルが高いものにしたくない!

性教育を学んで思うことは、わたし自身が以前持っていた性教育のイメージである「セックス、妊娠、性感染症について学ぶ」というのは間違いではありませんが、たくさんあるテーマのうちのほんの数個だということ。

性教育はいのちやからだ、健康、社会生活や文化、自然科学、人権などさまざまなテーマがあります。
こう聞くと「え~難しそう!」と思うかもしれませんが、実はわたしたちが自分らしく生きていく上で備えるべきスキルなのです。
だから全然難しくないし、ハードルなんて全然低いもの。

わたしの考えとして、生きていく上で備えるべきスキルについて「教える」、「教育」というよりも、「性」自体みんなに備わっているものだから、みんなと同じ立場に立って考えたり、悩みを共有したり、対話をしながら「一緒に考えていきたい」のです(もちろん知識的なところは教えることもあるけれど)。

だって、自分の人生だから。

そして最終的に思うのは、おうちの中や友達同士で性や生の話をテーマに普段の何気ない会話ができたら最高だなーって思います。

だからわたしはあえて性教育ではなく、「性と生の話」とよんでいるのです。